東京地方裁判所 昭和60年(ホ)10101号 決定
被審人 株式会社 明輝製作所
右代表者代表取締役 黒柳勝太郎
主文
被審人を処罰しない。
理由
一 救済命令及び緊急命令
記録によれば、次の事実を認めることができる。
神奈川県地方労働委員会(以下「地労委」という。)は、申立人を総評全国一般労働組合神奈川地方本部(以下「組合」という。)とし、被申立人を本件の被審人である株式会社明輝製作所(以下「会社」という。)とする神労委昭和五九年(不)第一一号不当労働行為救済申立事件につき、昭和五九年一一月一六日付で救済命令(以下「本件救済命令」という。)を発した。
これに対し、会社は、横浜地方裁判所に右命令取消の訴えを提起した(同庁昭和五九年(行ウ)第三六号不当労働行為救済命令取消請求事件)ところ、地労委は、同裁判所に対し、本件救済命令の一部につき緊急命令の申立(同庁昭和六〇年(行ク)第一号緊急命令申立事件)をし、これにつき同裁判所は、昭和六〇年二月二六日、右申立を認容する決定(以下「本件緊急命令」という。)をし、会社は翌日その送達を受けた。その主文は別紙のとおりである。
二 会社に本件緊急命令違反の事実があるかを検討する。
1 本件緊急命令一項について
(一) 本件緊急命令送達後組合員丹野誓志(以下「丹野」という。)に与えられた仕事について
記録によると、次のとおり認められる。
会社は、家庭用電化製品のプラスチック部品(テレビのシャーシーなど)を製造するためのプラスチック射出成型用金型を製作しており、丹野は、昭和四八年入社以来会社の大和工場で、金型製造工程中の仕上部門に配属されている。仕上部門の作業を分類すると、(1)型組み、型ばらし、(2)ヤスリかけ、(3)磨き、(4)合わせなどの作業があるが、それらの作業の難度を比較すると、(2)ヤスリかけと(4)合わせの作業がより高度の熟練を要する作業で、(1)型組み、型ばらしと(3)磨きの作業は比較的単純作業である。会社は、金型仕上げの工程においては、普通三ないし四年を経験した者には同工程の全領域にわたる仕事を与えるのが常態である(本件救済命令の理由第一 認定した事実三の(三))ところ、丹野は、入社以来一〇年以上になるが比較的単純作業である「型組み、型ばらし」と「磨き」の仕事しか与えられたことがなく、このことについてもかねて不満を抱いていた。ところで、昭和五九年四月丹野の上司である班長が丹野に対し、従来電動のディスクグラインダーを使用して行っていた金型部品の面取り作業を三ないし四倍も時間のかかるヤスリで行うように命じ、丹野がこの作業指示を拒否したところ、丹野には以後仕事が与えられなくなった。地労委は、本件救済命令一項のとおり、会社のかかる措置を丹野が組合の組合員であることを理由としてなした労働組合法七条一号に該当する不利益取扱の不当労働行為と認定した。そして前記のとおり昭和六〇年二月二七日本件緊急命令が会社に送達されたところ、会社は同年三月四日から、丹野に再び仕事を与えたが、その仕事の内容は、昭和五九年四月までの仕事と同じく「磨き」「型組み、型ばらし」に限られていた。組合は、本件緊急命令一項後段に「金型仕上げ工程の全領域にわたる仕事を与えなければならない。」とあるから、与える仕事の内容を改め、主として「合わせ作業」と「ヤスリかけ」をさせるよう会社に要求したが、会社は、右作業に必要な経験と技能を丹野は有しないとして、この要求には応じていない。
(二) 命令違反の成否
会社の丹野に対する右のような仕事の与え方が本件緊急命令一項に違反するか否かは、この命令の趣旨によるところ、右命令の趣旨は会社に丹野に対し他の従業員と仕事上の差別を行わないことを命ずることにあり、具体的にはヤスリによる面取り作業を拒否したことを理由として仕事を取り上げたりせずに、金型仕上げ工程の全領域にわたる仕事を与えることを命ずるものであって、丹野の経験、能力などに応じ、これに適した仕事を与えなければならないものの、反面これに適さない仕事を与えないことは何ら差支えないものと解される。
ところで、記録によれば、丹野は本件緊急命令後に与えられた仕事に対しても、みがき作業不全や部品の紛失事故を起しており、これらは丹野の技能の未熟及び注意力の欠如に起因するとの疑いを否定できないうえ、金型の仕上りの不良や納期の遅れは会社の信用を著しく傷つけるとともに会社及び注文主に大きな損害を生ぜさせるおそれがあることを認めることができる。そうすると、本件緊急命令後会社が丹野に与えている前記作業は丹野の経験、能力などに応じたものといい得るのであって、更に高い技能と経験を必要とする作業まで丹野に与えるべきことを会社に期待するのは相当ではない。
したがって本件緊急命令送達後の会社の丹野に対する前記のような仕事の与え方が、この命令に違反すると断ずることはできない。
2 本件緊急命令二項について
記録によれば、(一)丹野の作業机と向いの従業員の作業机の間に高さ約五〇センチ、幅約六〇センチの定盤が置かれ、見通しが妨げられていること、(二)丹野は与えられた椅子が古く傷みがひどいので会社に新品との交換を申し入れたが容れられなかったこと、(三)班長が丹野に対し、名を呼ばず「全国一般」と呼ぶなど班長ら職制に丹野に対する好意的でない言動が見られるなどの事実を認めることができるが、反面(一)については、定盤を誰が何のためにその場所に置いたかは明らかではないが、いずれにせよその大きさ、位置に照らし、見通しが妨げられる程度はそれほど大きくはないこと、(二)については、他の従業員が使用中の椅子も同程度に傷んでいること、(三)については、丹野の言動にも相手の感情に対する配慮に欠け、敵意を誘発する点のあることが窺われることに照らすと、前記各行為が本件緊急命令二項中の「その他これに類する不当な行為」に該当するとしても、その不当性の程度は軽微であって、会社に対し過料の制裁をもって臨まなければならない程度の違反があるとはいえない。
3 本件緊急命令三項について
記録によると、(一)昭和六〇年三月五日、同年四月二五日の両日組合は数十人を動員して会社の東京工場前でビラ配布、マイクによる宣伝活動を行ったが、その際工場長ほか数名の職制が工場前に立ってこれを監視し、中にカメラを構えたものがあったこと、(二)同年三月一六日大和工場前での同様な宣伝活動終了後佐藤班長が丹野に「何が正当な組合活動だ。あれはいやがらせだ。」などと述べたこと、(三)同年四月二二日から二七日までの間(ただし、四月二五日を除く。)大和工場周辺で組合が宣伝活動を行ったところ、佐藤班長が丹野に「うるさい。やめさせろ。」と述べたことが認められる。しかし、記録によると、(一)については、組合のこの種の宣伝活動は以前から繰り返されていたが、時として数十名の者が制止にも拘らず会社敷地内に侵入したり、窓ガラスを破壊したり、宣伝カーやハンドマイクのボリュームをあげて演説するなど正当な組合活動の範囲を逸脱した行為があり、近隣から会社に苦情が寄せられたり、勤務中の社員も仕事が手につかず会社の業務が妨害されるなどのことがあったことを認めることができることからすると、会社の営業活動を確保するための自衛措置として工場長らがやむを得ず警戒にあたったものであるとの会社の主張もにわかに否定し難いところであり、そうであってみれば、工場長らの前記行為が本件緊急命令三項に違反する組合の宣伝活動に対する不当な妨害に当たるとただちに断ずることはできない。また(二)及び(三)の佐藤班長の言動も、騒音による生活妨害に対する正当な抗議又は中止の要請と解されなくもなく、これをもって明らかに本件緊急命令三項に違反する組合の宣伝活動に対する会社の不当な妨害に当たるとただちに断ずることはできない。
4 本件緊急命令四項について
記録によれば、次のとおり認められる。
組合は、会社に対し、昭和六〇年二月二八日付書面により本件緊急命令履行の申入れをし、その後同年三月五日付書面により「改めて緊急命令全四項の完全履行と同時に八年余の明輝争議の全面解決を図る」べく団体交渉をすることを申し入れた。これに対し会社は組合に対し、同月八日付書面により「主文四項の記載」を議題とする団体交渉をすることを申し入れ、組合との間に同月一五日団体交渉が開催されたものの、その際組合は緊急命令一ないし三項の不履行状態が既に発生しているとしてその完全履行を要求するとともに、これを同四項に対して先議するよう要求したため、同四項のみの協議を主張する会社と折り合わず、同四項の協議はなされなかった。その後組合は会社に対し、同月二〇日付書面で前同様本件緊急命令一ないし四項の完全履行などについて団体交渉を行うよう申入れをしたが、会社は組合に対し、同月二六日付書面及び同年四月一三日付書面により前同様本件緊急命令四項のみの議題で団体交渉を行うことを申し入れ、同月二六日団体交渉が開催されたが、ここにおいても組合は前同様本件緊急命令一ないし三項の先議を要求して譲らなかったため、結局同四項の協議はなされなかった。
右事実によれば、本件緊急命令四項の命ずる就業規則に定める服務規律の変更についての団体交渉が行われない原因は組合が自己の主張する団体交渉事項の先議に固執することにあるというべきであるから、会社に同四項違反の責任はないといわねばならない。
三 結論
以上のとおりであるから、会社を本件緊急命令違反のかどにより処罰すべき理由はない。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 遠山廣直 納谷肇)
〈以下省略〉